古月のおと

furutsuki.exblog.jp ブログトップ

タグ:古墳 ( 7 ) タグの人気記事

街に溶ける古墳 4

街に溶ける古墳 4
古門松ケ元古墳


街に溶けたわけではないですが・・・、1998年に圃場化工事でなくなってしまいました。 銀環(耳飾り)、碧玉製管玉、ガラス製玉、須恵器などが出土したようです。出土品は 鞍手町歴史民俗博物館 に展示してあります。

福岡県鞍手郡鞍手町古門西山松ヶ元



応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-03-31 21:14 | 古墳 | Comments(0)

街に溶ける古墳 3  八尋 幸ノ浦

街に溶ける古墳 3
八尋 幸ノ浦




ここは、福岡県鞍手郡鞍手町八尋。

上方(北)に見える丸い丘は「旭1号墳」。
その下に、削られてしまった前方後円墳でしょうかというような独特の地形が見えます。

この辺りに「幸ノ浦1号墳」と「幸ノ浦2号墳」があったそう。

鞍手町には、大塚古墳や銀冠塚古墳のように、大首長の墳墓と思われる大古墳群がいくつもある。ここもそうだったのだろうか。


応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-02-16 23:55 | 古墳 | Comments(0)

六嶽周辺の五芒星 7  底井野

六嶽周辺の五芒星 7
底井野

中間市 上底井野周辺の五芒星である。

a0351692_21484039.png

黄色で示す五芒星は、六嶽を囲む八つの五芒星のひとつ。

緑で示した五芒星は、より古いと考えているドラゴンカーブの
パターンを構成する五芒星である。

両方の五芒星に含まれる位置に、桜の名所として知られる垣生公園
があり、公園内に埴生(はぶ)神社がある。
「埴生」は、「船の帆(羽布)」の意味。
埴生神社は六嶽を拝む方向に向いていると伝えられていた。

垣生公園内には垣生羅漢百穴(はぶらかんひゃっけつ)と呼ばれる
横穴式の群集墓多数があり、有力豪族がいたことを伺わせる。
横穴のいくつかには帆船の線刻画がある。

五芒星の解析からは、意味ありげな三つの丘が確認される。
この辺りは、当初宗像郡宗像郷に属し、宗像郡の中心部であった。


応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-02-04 22:17 | 六嶽周辺の五芒星 | Comments(0)

六嶽周辺の五芒星 5  剣塚古墳-竹原古墳付近

六嶽周辺の五芒星 5
剣塚古墳-竹原古墳付近



今回紹介するのは、宮若市の剣塚古墳、竹原古墳の周辺の五芒星である。

竹原古墳の彩色石室はあまりに有名。
ひもろぎ逍遥 竹原古墳」でも紹介されているので、古墳の紹介はそちらを見てほしい。



五芒星の大きさは、神崎-新延のと同じである。
五芒星の幾何学から、左肩のくぼみ、中央、右足付根が神聖であると
推測したが、まさにその典型例でもある。

ただ、竹原古墳はどちらの五芒星で決定されているのか、
曖昧な場所である。断層ズレの直後の時代だったのだろうか。


今回ひいた五芒星にのらない神社もたくさんある。

・支配者の変化による別の大域パターンに関わるか
・タイリングパターンが見つかるか

あとの解析が楽しみな場所である。


応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-02-01 00:05 | 六嶽周辺の五芒星 | Comments(0)

街に溶ける古墳 2

街に溶ける古墳 2


六嶽周辺の五芒星パターンを使って、ここはあやしい
という場所を 古い航空写真 で確認すると、いろいろ
なものが見えてくる。

例えば、こんなの。(写真は1975年のもの)


a0351692_01144452.png

巨大古墳? どちらも 700m級である。 
仁徳天皇陵かと言われていた畿内の大山古墳でも486mだ。

被葬者が歴史に名を残している可能性は高い。
時代別に整理し、他との関わりを明らかにするだけでも
古代史の不明を埋める相当の収穫があるだろう。

安易な盗掘があってもいけないので、
あえて場所は明記しないでおきます。



六嶽周辺の市町には、おびただしい数の古墳が眠っている。


応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-01-31 12:46 | 古墳 | Comments(0)

街に溶ける古墳

街に溶ける古墳


今朝はちょっと道くさ。五芒星の話は夜にまたアップします。

写真は、京都太秦の蛇塚古墳の航空写真です。



帷子ノ辻(かたびらのつじ)交差点から500mほど南の
住宅地の中にあります。

日本屈指の巨大石室をもつ75m級の前方後円墳です。
封土はほぼ失われ、石室の巨石が露出しています。
しかし、石室以外の部分はすっかり住宅になってしまいました。

古墳とは知らず家を建ててしまったのでしょうか。
それでも石室が残ったのは運が良かったのです。
江戸時代は蛇の巣、明治期は女盗賊のアジトとなった
ことでかろうじて破壊を免れました。

多くの古墳が高度成長期に発掘調査もされずに
消えていきました。それでも航空写真等で確認すると
うっすらと輪郭が残っていたりします。

こんなふうに古墳が住宅地に溶けてしまった例は
枚挙にいとまがありません。

それでも、うっすら大地に刻まれています。

あなたの地域にも、街に溶けてしまった古墳が
ないですか?


応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-01-28 06:45 | 古墳 | Comments(0)

六嶽周辺の五芒星 3  南良浦

六嶽周辺の五芒星 3

南良浦

2016年1月24日

六嶽をとりまく周辺市町の五芒星の実例を順に提示していっている。

今回は、鞍手郡小竹町勝野南良浦(ならうら)に見える五芒星を示す。

a0351692_09393486.png


ここは、後で述べることになるいろいろな大域パターンに
複合的に含まれる。

きっと古代においては重要な拠点だったのだろう。
「巌嶋神社」にはただならぬものを感じる。

しかし残念なことに、南良浦の五芒星の半分ほどは、
ゴルフ場になってしまっている。

道路が示す五芒星は、二重にブレている。神社が殆どないほう
の白い線で示した五芒星の方が古いと思われる。
地図中に見える橋は、二つとも白い線で示した五芒星の方に
従っている。

ピンクの破線で示した丸は、重要そうなポイントだ。

なにか眠っている。  これはなんだろう。

a0351692_09562010.png


勝野南良浦といえば、言い伝えがいろいろとあると
聞いたことがあるが、残念ながら私は詳しくない。
どなたか詳しい方、教えてください。



応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
[PR]
by furutsuki_oto | 2016-01-24 09:59 | 六嶽周辺の五芒星 | Comments(2)
line

古月 乙彦 のブログ  神社とか星とか 古代のロマン.    Since 2016.1.22


by 古月 乙彦(ふるつき おとひこ)
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30