古月のおと

furutsuki.exblog.jp ブログトップ

阿刀氏

阿刀氏
(あとうじ)

a0351692_00571328.jpg

写真は京都の阿刀神社(あとじんじゃ)です。物部石上朝臣の支族 「阿刀氏」の氏神様です。

右京区の丸太町通り広沢南野町交差点東の住宅街の中にあります。ご祭神は、天照皇大神、味饒田命(うましにぎたのみこと)。

見落としてしまいそうな小さな神社ですが、式内社であり、明治初期までは大神宮社でした。味饒田命は、物部の祖とされる宇摩志麻遅命の息子です。つまり、饒速日命(天照国照彦天火明饒速日命)の孫にあたります。


阿刀氏の史書上の初見は天武元年、壬申の乱の時です。 大海人皇子(のちの天武天皇)が吉野に脱出した際につき従った舎人の一人。このときの功績で宿禰の姓となりました。また、物部守屋の別邸があったとされる地が河内の阿都です。


阿刀氏は、弘法大師=空海の母(阿古屋=玉依姫)の氏族でもあります。 空海の俗名は佐伯真魚(まお)です。父は佐伯善通。母は阿刀氏の出の阿古屋。空海の語学(漢詩・漢文)の師匠でもあった叔父の阿刀大足は佐伯善通の実弟で、阿古屋の妹と結婚して阿刀を継ぎました。阿刀大足は長岡京で桓武天皇の第三皇子伊予親王の侍講でした。

平安時代(823年)以後、明治初年まで、阿刀氏は、東寺執行職(しぎょうしょく)を世襲し、東寺には真言宗の政所がおかれました。

 東寺の境内北の住宅地に小社の石上神社(いそのかみじんじゃ)があります。正式には石上布留社(いそのかみふるしゃ)というそうです。 祭神は本社に石上布留御魂(いそのかみふるのみたま)、相殿に阿刀大神(あとおおかみ)を祀っています。東寺の石上布留社の創建の詳細は不明。宰主は、阿刀家が務め、ここに祀るのは、空海の母の実弟、初代執行の阿刀大足以来の慣例によるものだということです。 末社に三輪、伊勢、賀茂、岩清水、二天夜刃、役小角、稲荷、弄鈴(なるこ)、王仁(わに)、空海大神が祀られています。

阿刀氏を辿って行ったら、布留御魂がみつかりました。味饒田命(うましにぎたのみこと)を祀る神社も全国的には少ないですが、布留御魂を祀るのは更に少ないですよね。私が知る限りでは、鞍手の古物(石上)と、天理の石上と、京都東寺の石上の三社だけです。

応援ありがとう。ボチっとね.
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

[PR]
by furutsuki_oto | 2016-05-17 07:15 | 摂津・山背・亀岡 | Comments(5)
Commented at 2016-05-20 11:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-05-20 11:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by furutsuki_oto at 2016-05-30 01:16
非公開さん、こんにちは。
新設ブログ、拝見させていただきます。
Commented at 2016-10-01 09:32
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by furutsuki_oto at 2016-11-03 18:17
菊如さんこんにちは。気づくのが遅く、今頃のお返事となりすみません。
そうですね。私の実家(鞍手)の瓦紋も十六星の「連珠三つ巴紋」でした。
六嶽神社(むつがたけ)のは、九星の「連珠三つ巴紋」ですね。
倉敷市(岡山県)にも多いですか。そうですか。
同じく岡山県の津山市や赤磐市(いわゆる吉備地方)も胸形氏は縁が深いようです。
また、京都の嵯峨/嵯峨野の神社やお寺の瓦紋にも「連珠三つ巴紋」が多いです。
こちら(嵯峨)の「連珠三つ巴紋」の星の数は三十くらいあります。
星の数は何かを意味しているのでしょうか?
line

古月 乙彦 のブログ  神社とか星とか 古代のロマン.    Since 2016.1.22


by 古月 乙彦(ふるつき おとひこ)
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31