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タグ:日枝-中山ライン ( 8 ) タグの人気記事

円応寺 (北九州市)


円応寺 (北九州市)

件の皿倉(日枝)-中山ライン上に円応寺(えんおうじ)がある。所在地は 八幡西区上上津役5-13-5  「上上津役」は、「かみこうじゃく」と読む。

上津役(こうじゃく)は、奈良時代に律令で定められた駅(うまや)制度の駅で、中央と地方への命令、地方からの報告など連絡のために置かれた。平安時代、ここは役之郷と呼ばれ、役之郷がのちに上津役郷となりました。上津役は、古代から要所だったようです。

上上津役の円応寺近くに金山があり、そこからの湧水を水源とする金山川(きんざんがわ)が流れています。黒田長政も入国後に開発を継承しました。駅であるまえに鉱山だったのですね。また、上津役のすぐ近くの永犬丸西町の住宅地の一角で、タタラ吹き製鉄炉を持つ古代の製鉄跡、また古墳時代に使われた須恵器の窯跡の丸ヶ谷遺跡が発見されています。鉱山拠点としてはとても古いものであると想像できます。

実は、ラインを延長していくと、もうひとつの円応寺があります。小倉圓應寺とも呼ばれます。所在地は、 小倉北区清水4-5-2

ここは、香月氏と縁が深いようで、香月世譜を記した香月牛山(1656~1740)の墓があります。豊前中津藩に医官として仕えた人です。香月牛山の墓碑は、前述(山上宮周辺)の吉祥寺(北九州市八幡西区)境内にもあります。皿倉(日枝)-中山ライン自体が、鉱山と香月氏とに深くかかわるようです。

蛇足ですが、小倉圓應寺から1.5km東に黄金の地名が、2km東に宇佐町と中津口の地名があります。圓應寺は黒田家が拠点を遷した大分県中津市、福岡市中央区にもそれぞれあります。

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by furutsuki_oto | 2017-02-26 17:42 | Comments(0)

山神宮周辺(香月西)


山神宮周辺(香月西)

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皿倉-中山ライン上の神社・遺跡をみていっています。ここは八幡西区香月西の山上宮周辺です。斉明天皇が行宮をおいた岩瀬宮址の南東2.5km程のところです。

「山神宮」のご祭神は大山積神(おおやまづみのかみ)、鳥居には昭和9年11月3日建立とあります。今は廃墟のように荒れています。貝島太助が明治29年に開いた旧 大辻炭砿に関連して祀られたもののようです。なんだ新しいのかと思わないでください。ここには江戸時代すでに香月炭鉱がありました(香月や垣生の石炭は、江戸時代初期には知られていたようです。また、元禄3年(1690)オランダ東インド会社の エンゲルベルト・ケンペルが書いた『日本誌』で木屋瀬,黒崎の石炭が紹介されていたことが、シーボルトの『江戸参府紀行』に出ているそうです。)。 すぐ東に吉祥寺と吉祥寺公園があります。また目の前の光照寺一丁目で弥生時代の環濠集落址である「光照寺遺跡」が出土しています。

「光照寺遺跡」では竪穴式住居跡のほか、剣、土師器、瓦器、舶載青磁、白磁、石庖丁、小型内行花文倭製鏡、銅製鋤先などが出ました。弥生時代にすでに土師氏が居て採掘を行っていたようです。ここは古代から知られた古い鉱山だったのです。そうそう、土師氏の祀る吉祥天は七面天女=多紀理毘売でしたね。

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by furutsuki_oto | 2017-02-19 11:32 | 鞍手・宗像 | Comments(0)

梅咲天満宮(香月)


梅咲天満宮(香月)
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香月電停の目の前にあります。梅咲天満宮です。
所在地は、北九州市八幡西区楠北3丁目14

皿倉(日枝)-中山ライン上の社寺を順にみていっています。

いまでこそ 天満宮 になっていますが、この形、古墳ですよね。

香月の地名の由来は、小狭田彦が日本武尊を歓待した折に日本武尊が詠った次の歌と伝わっています。
「あな楽し、花の香り月清きところかな。今よりこの地を香月のむらと名づくべし」

香月は、もとは葛城と書いたとか。「香月氏」は、神功紀に出て来る「葛城襲津彦」の末裔だそうです。

梅咲天満宮は、まだ紹介していない別の五芒星のらせんと関わっていますが、それはまた後日。


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by furutsuki_oto | 2017-02-11 01:03 | 鞍手・宗像 | Comments(0)

中山(鞍手町)


中山(鞍手町)

物部氏が絡む産鉄地形に「中山」という地名がよく見られるようである。

ここは鞍手町の中山 (中山本村あたり)。熱田神社と八剣神社がある 剣岳 と 鷹ノ口おだ山 の間にある集落である。

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新北物部の里である 新北 から冬至の日没のレイライン上に並んでいる。剣岳山頂には、八剣神社の上宮がある。戦国時代に剣岳山頂に城が建てられることになって八剣神社の拝殿が遷されたようだ。 こうして拡大してみると、植木の須賀神社もライン上にあるようだ。 鷹ノ口おだ山の真東に、熊襲の 江上梟師(たける)が居たという金剛山が見える。

鞍手郡野面村八所大明神並びに同社境内にあった寿福寺の古文書によると、
 昔景行天皇の御躬親豊国の土賊を誅せんと欲し、周芳の沙磨の津を解纜して筑紫に幸し、到って香月君の祖小狭田彦の方に住み給う。而して宗形県主至る。一日天気夙に起き四方佳景の庄商の丘上に映照す状を眺望し、小狭田彦を召して曰く、嗚呼好哉彼野中の丘は。朝日の直刺し夕日の暮愛すべき丘なり。朕彼地に臨幸して親しく鎮魂を為さんと欲す、汝宜しく朕が為に其の設有るべし。是に於て小狭田彦寺を其の丘に建て竜尾扈従して鎮祭す。
(中略)
小狭田彦を以て鞍手の県主と為し且つ聞の田五十丁を賜う。
とある。

現在のおだ山は、木々が生い茂っていて見晴らしが悪いが、東の平地からの眺めで代用してみると・・こんな感じ。

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鷹ノ口おだ山は、真東より南30度(四時の方向)に福智山、真東より北30度(二時の方向)に帆柱山がみえる位置にある。(皿倉山は帆柱山とほぼ重なってみえている)

日本武尊は黒崎より上陸して笹田の小狭田彦とともに黒川を渡り、熊襲の軍を屠ったという。小狭田彦の子孫が香月と名乗った。

香月の君 小狭田彦の娘 常磐津姫は日本武尊の妃となる。常磐津姫には男子が生まれた。その名を御剣王という。御剣王は成長すると父 日本武尊の東征に従って行った。

※ 剣岳山頂は、木が伐採されて、眺望が復活しているとの情報をいただきました。


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by furutsuki_oto | 2017-02-11 00:24 | 鞍手・宗像 | Comments(0)

熱田神社(鞍手町)の椿模様


熱田神社(鞍手町)の椿模様

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これまで、鞍手町の長谷寺、笠岡市神島の七面神社南丹市みやま町の古民家に「椿の花弁様の模様」があしらわれた鬼瓦なり杉板をみつけていますが、もうひとつ見つけました。 鞍手町の新北(にぎた)の亀甲にある熱田神社にありました。 

鞍手町の熱田神社もすっかり有名になって、神紋が尾張の熱田神宮と同じ「桐」であるとか、宮司家も同じ金川(かながわ)氏であるというのは指摘されておりましたが、この杉板をよ~くみかえしてみると、「椿の花弁様の模様」がクッキリとあしらわれておりました。

ここは今でも聖地で、椿の花を持ち出すことも戒められています。

ここは饒田物部(新北物部)の地、金川家の祖先は「鞍橋ノ君」と伝わっています。鞍橋ノ君は、鞍手町長谷(はせ)の飯盛山(いいもりやま)に眠っておられるそうです。そこには鞍橋神社があります。


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by furutsuki_oto | 2017-02-01 19:08 | 鞍手・宗像 | Comments(0)

竹原古墳


竹原古墳
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福岡県宮若市竹原(旧 鞍手郡宮田町竹原)にある竹原古墳です。諏訪神社境内にあります。ここの装飾古墳はあまりにも有名ですね。6世紀後半ごろのものと考えられています。

ひもろぎ逍遥のるなさんも竹原古墳の訪問記を書いておられます。るなさんが指摘しておられるように、赤いふち模様の火を噴くドラゴンは竜座のようです。

ブーツの武人は、馬を牽いて船から下ろしているように見えます。
船首の飾りは「幡」でしょうか。


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by furutsuki_oto | 2017-01-31 18:20 | 鞍手・宗像 | Comments(0)

皿倉(日枝)-中山 ライン


皿倉(日枝)-中山 ライン

中山寺 (宝塚市)」の話題の折に、比叡山(日枝山)-中山寺-六甲山 のラインを紹介しました。夏至日出-冬至日没線であり、天香香背男=天手力男意気続々流住吉大神や松尾大神に関連するラインでした。

はて、日枝と中山、遠賀川水系にもあったような・・松尾大神も筑紫胸形坐中部大神だし・・というわけで、遠賀川水系で対応するラインを探してみました。 もうひとつの 日枝-中山ラインです。

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北九州市八幡東区に「山王(さんのう)」という地名があります。山王信仰が根付いている土地です。皿倉山を日枝山として崇めます。山王の南に石鎚神社があります。山王の北には、大宮、枝光の地名があります(枝光八幡宮のご祭神は武御名方命)。皿倉山は、古来、山伏が修行の場としてきた山で、現在でも皿倉山から英彦山までの山道を3日間掛けて歩く修行などが行われています。皿倉の名称は、神功皇后以降との伝承です。

その皿倉山から鞍手の中山(剣岳, 御山)まで 夏至日出-冬至日没線 が引けます。ライン上に、山神宮、梅咲天満宮、鷹ノ口おだ山、熱田神社などがあります。延長していくと竹原古墳に至ります。筑紫の加茂も近いですね。 それから中間市辺りは、古代は胸形です。 何を表しているのか詳細は不明ですが、なんとなく意味深げなラインです。

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by furutsuki_oto | 2017-01-29 12:32 | 鞍手・宗像 | Comments(6)

中山寺 (宝塚市)

中山寺 (宝塚市)
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宝塚市中山寺(元は摂津国川辺郡中山寺村)にある真言宗中山寺派大本山で、地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれているお寺です。ご本尊は十一面観世音菩薩。寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場です。もとの川辺郡の名に残る 川辺 は、秦氏の中心氏族の一つですね。中山という山が背後にあり、山麓にある中山寺奥之院には厄神明王が祀られています。

8月9日の夜に西国三十三所の観音が星に乗って中山寺本堂に集まるとされ、星下り大会式が行われます。

また、中山寺の境内に 中山寺古墳(白鳥塚古墳)があります。14代仲哀天皇の后「大仲姫」の墳墓とされており、内部には石棺が残されています。

六甲山から比叡山まで 中山寺-鎌倉神社-松尾神社-松尾大社 を通るラインが引けます。
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これは平安京の 夏至日出-冬至日没線 にもなっています。

ライン上の住吉神社はどう関係するのかなと思ったのですが、住吉大社神代記によると「天手力男意気続々流住吉大神」とあり、住吉明神は 天手力男=天香香背男 のようです。

ラインが比叡山 山頂より少し北を指しています。そこにあるのは 神蔵山 (鎌倉山)のようです。

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by furutsuki_oto | 2017-01-14 14:11 | 摂津・山背・亀岡 | Comments(1)
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古月 乙彦 のブログ  神社とか星とか 古代のロマン.    Since 2016.1.22


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