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櫟谷宗像神社

櫟谷宗像神社
(いちたにむなかたじんじゃ)

京都嵐山の櫟谷宗像神社(いちたにむなかたじんじゃ)に行ってきました。櫟谷神社と宗像神社が合祀されている神社です。現在は両社合わせて松尾大社の境外摂社となっています。櫟谷社は嵐山弁財天としても知られます。宗像社は松尾宗像さまとも言います。場所は、嵐山の渡月橋の南橋詰、モンキーパークの入口近くです。

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合祀されているとはいえ、社殿は真ん中で分かれています。松尾大社の御幸祭では、櫟谷社と宗像社それぞれに神輿を繰り出し、けっこう派手な神輿まわしを見せてくれます。

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櫟谷神社は『延喜式』神名帳(927年)にも出てくる式内社です。櫟谷神社のご祭神は、奥津島姫命 (おきつしまひめのみこと、田心姫命)。 宗像社のご祭神は、市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)です。

ただ、「松尾社譜」や「神社明細帳」では、現在とは逆に櫟谷社が市杵島姫命、宗像社が奥津島姫命と記されており、「続日本後紀」(848年)では、本来はそちら(松尾社譜の記述)が正しいともいわれています。


また、櫟谷神社・宗像神社と、桂川対岸にある大井神社の三社で宗像三女神が揃い、渡月橋の守り神なっていると伝わっています。

ただし、現在の大井神社に行ってい見ると、祭神は多岐都姫(たぎりひめ)ではなく倉稲魂神(うかのみたま)になっています。多岐都姫と倉稲魂は関係あるのでしょうか。


宗像神はもちろん筑紫の宗像大社の神様です。筑紫から大物主・事代主を山背葛野に連れてきました(摂津や葛野の神話ではそうなっています)。また、宗像三女神は、宗像大社の社伝文書では、「三所大菩薩(宗像三女神)は、六獄(むつがたけ)の崎門峰(さきとやま)にて初めて神威を得た」としています。日本書記でも、「即以日神所生三女神者、使降居于葦原中國之宇佐嶋矣。今在海北道中。號曰道主貴。此筑紫水沼君等祭神是也」となっていて、大堰川(桂川)の宗像三女神は、筑紫からの分祀ということになります。

また、松尾神についても 本朝月令の一文に次のようにあります。
| 秦氏本系帳云。正一位勲一等松尾大神御社者
| 筑紫胸形坐中部大神。戊辰年三月三日 天下坐松埼日尾。
| 又云日埼岑。大宝元年 川辺腹男秦忌寸都理
| 自日埼岑更奉請松尾 又田口腹女。秦忌寸知麻留女
| 始立御阿礼平。知麻留女之子秦忌寸都駕布
| 自戊午年為祝。子孫相承 祈祭大神。

"筑紫の胸形に坐ます中部の大神"と明記されていますね。このあたりに古代史の謎を紐解く鍵がありそうです。


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今朝(4/2)の渡月橋


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by furutsuki_oto | 2016-04-02 16:13 | 摂津・山背・亀岡 | Comments(0)
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