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中山(鞍手町)


中山(鞍手町)

物部氏が絡む産鉄地形に「中山」という地名がよく見られるようである。

ここは鞍手町の中山 (中山本村あたり)。熱田神社と八剣神社がある 剣岳 と 鷹ノ口おだ山 の間にある集落である。

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新北物部の里である 新北 から冬至の日没のレイライン上に並んでいる。剣岳山頂には、八剣神社の上宮がある。戦国時代に剣岳山頂に城が建てられることになって八剣神社の拝殿が遷されたようだ。 こうして拡大してみると、植木の須賀神社もライン上にあるようだ。 鷹ノ口おだ山の真東に、熊襲の 江上梟師(たける)が居たという金剛山が見える。

鞍手郡野面村八所大明神並びに同社境内にあった寿福寺の古文書によると、
 昔景行天皇の御躬親豊国の土賊を誅せんと欲し、周芳の沙磨の津を解纜して筑紫に幸し、到って香月君の祖小狭田彦の方に住み給う。而して宗形県主至る。一日天気夙に起き四方佳景の庄商の丘上に映照す状を眺望し、小狭田彦を召して曰く、嗚呼好哉彼野中の丘は。朝日の直刺し夕日の暮愛すべき丘なり。朕彼地に臨幸して親しく鎮魂を為さんと欲す、汝宜しく朕が為に其の設有るべし。是に於て小狭田彦寺を其の丘に建て竜尾扈従して鎮祭す。
(中略)
小狭田彦を以て鞍手の県主と為し且つ聞の田五十丁を賜う。
とある。

現在のおだ山は、木々が生い茂っていて見晴らしが悪いが、東の平地からの眺めで代用してみると・・こんな感じ。

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鷹ノ口おだ山は、真東より南30度(四時の方向)に福智山、真東より北30度(二時の方向)に帆柱山がみえる位置にある。(皿倉山は帆柱山とほぼ重なってみえている)

日本武尊は黒崎より上陸して笹田の小狭田彦とともに黒川を渡り、熊襲の軍を屠ったという。小狭田彦の子孫が香月と名乗った。

香月の君 小狭田彦の娘 常磐津姫は日本武尊の妃となる。常磐津姫には男子が生まれた。その名を御剣王という。御剣王は成長すると父 日本武尊の東征に従って行った。

※ 剣岳山頂は、木が伐採されて、眺望が復活しているとの情報をいただきました。


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by furutsuki_oto | 2017-02-11 00:24 | 鞍手・宗像 | Comments(0)
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