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ドラゴンカーブ 2  鷹ノ口おだ山

ドラゴンカーブ 2

鷹ノ口おだ山


 「ひもろぎ逍遥 脇巫女39 ターゲット」 の方で、「鷹ノ口おだ山」の
「禁足地」探しが急展開を見せている。「御剣王の聖地」とは別のようである。

そこで、「鷹ノ口おだ山」の周辺を見直したところ、最初に見つけたドラゴン
カーブとは異なる時代の異なる形式 の ドラゴンカーブ が見つかった。
これはすごい!

予定を変更して先にこの話を書くことにする。

次の図を見てほしい。

a0351692_02053275.png

きれいなフィボナッチ数列による五芒星のタイリングがドラゴンカーブを
成している。


なんと、このドラゴンカーブは「鷹ノ口おだ山」と「剣岳」の近隣の神社の
配置を説明しつくす。

ただし、六嶽神社、十六神社、貴船神社は排除される。 亀丘にも届かない。

なんだろうこれは。 「六」を排除しているのだろうか。「八」はしっかり
組み込まれている。 これだけ今ある神社にマッチするということは、
きっと数あるパターンの中でも最も新しい部類なんだろう。



「六」を排斥して「八」が支配した時代があった。
そういうことなんだろうか。今もそうなんだろうか。


代行寺の前の池に収束しているが、そこには「古くは高楼があった」という。
いかんせん、聞いたのが子供の頃なので正確な地点が不明である。時代背景
もわからない。どなたか知っていたら教えてほしい。


今回、これまた驚きの結果となった。古代の意思は地に刻まれている。
少しは「鷹ノ口おだ山」の謎解きの役に立つかな?



と、ここまで書いたところで、1975年の航空写真を入手した。


なにか見えるぞ。

a0351692_14434932.png
先述のドラゴンカーブと重ねてみたものが右の絵である。
おぉっすごい。 完全に一致。 感動ものだ。

いちばん下の五芒星は、「ドラゴンカーブ 1」で示した断層ずれ前のドラゴン
カーブの一部である。つまり古いものである。
作ったのは「三」の人達か、「六」の人達か。そして、「御剣王の聖地」に関わっている。


上2つの五芒星が(おそらく「八」の人達によって) 後から作られた(もしくは塗り替えた)ものだろう。

この写真一枚で、

・鷹ノ口おだ山が「六」の人達の頃から聖なる場所であったこと、
・後の時代に(たぶん「八」の人達によって)塗り替えられたこと、
・「五芒星」は実在すること、

いっぺんに証明できてしまった。


新しいドラゴンカーブを見つけた直後に この写真が届けられたのは、
なんというシンクロニシティ。

近頃 不思議なことが続いています。 (^^)V  鳥肌ものです。

写真に ○を付けた場所は、全て神社だったのだろう。今はもう祀られて
いない可能性が高い。

で、禁足地はどこ? 写真で簡単に判るってことはないだろう。だって
隠したいんだから。

写真に描き入れた三つの五芒星の一番うえの分の右足の付け根(中点)
部分、ここは印をつけてないけれど、遺跡があったりするかも。


すごいな 鞍手。



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by furutsuki_oto | 2016-01-26 18:58 | ドラゴンカーブ | Comments(4)
Commented at 2016-01-26 21:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by furutsuki_oto at 2016-01-26 21:28
非公開さん、こんばんは。 結果、楽しみにしています。
Commented at 2016-01-26 23:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by furutsuki_oto at 2016-01-27 00:55
非公開さん、こんにちは。 道がひらけることを祈念しております。
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古月 乙彦 のブログ  神社とか星とか 古代のロマン.    Since 2016.1.22


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